わのわのゼロウェイスト暮らし雑記帳

シンプルでゼロ・ウェイストな「わ」の暮らしを目指し、おもにごみ減量のヒントを書き留める雑記帳です。

片付けるべきという発想の断捨離

おはようございます。わのわです。

このブログではおもに、ゼロ・ウェイストに向けた

我が家の取組を紹介しています。 

 

 また、風邪をひいてしまいました・・・。

今年は風邪を引かない!引いても自力で直す!

心密かに誓い、温活やらビタミンやら睡眠やら

それなりに気をつけていたつもりでしたが、

乾燥のせいでしょうか、あっさりやられました。

しかも、外せない仕事が詰まっていて休めません。

(と、思うのが社畜根性なのかもしれませんが)

仕方がないので病院に行ってきました。

たんまり薬を処方されました。

まこと、健康であることは

ゼロ・ウェイスターにとっては大事なことです。

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さて今日は、母のすまいに対する

私のスタンスについてお伝えしますね。

よろしければお付き合いください。

 

 

 

前回カミングアウトしたとおり、

私、かなりとっ散らかった家で育ちました。

  

wanowanowa.hatenablog.com

 

そのせいかどうか、3人のきょうだいは皆、

就職や進学を機にわりと早く実家を離れました。

 

上記の記事でお伝えしたとおり、

私は、実家を離れてその後時間をかけて

快適な住空間を手に入れたわけですが、

その間にも実家は両親の加齢とともに

逆の方向に発達を続けていました。

 

加速するモノの増加

父が存命中はそれでも、

定期的にモノを捨てていたのですが、

その父が還暦そこそこで鬼籍に入ってしまうと、

歯止めをかける人がいなくなって

どんどんモノが増えていきました。

 

そもそもモノを捨てさせてもらえません。

買い物でもらうプラスチックや紙の袋の山、

壊れた家電、乱雑に積み上がった新聞、

お歳暮のトロ箱や海苔の缶、

音楽会でもらうチラシの束、

全てが母にとっては必要なものでした。

それでもなだめすかしたり、

もらっていい?と引き取ってきたりして

ちょくちょくモノを処分もしましたが、

次に行った時には空いた空間に

別のモノが詰め込まれていたものでした。

この挫折感、無力感は格別です。

 

サービス付き高齢者住宅(サ高住)への転居

そうこうしているうちに、

実家も母も老朽化してきました。

母は、古い戸建てにありがちな

断熱・気密性のなさや

トイレやお風呂場の冬の寒さが

命とりになる身体になりました。

 

しかし、実家はモノが多すぎて

壁も見えないような状態です。

リフォームは遠すぎる目標でした。

 

いよいよ体調を崩して入院した冬、

サービス付き高齢者住宅に転居しました。

実家の処遇はおいおい考えよう、

ということになりました。

 

サ高住、新天地となるか?

引越しにあたり、私は思いました。

実家を処分するわけではなかったので、

次の住まいへは最低限のモノだけを持たせよう、

今まで到底望めなかった

安全でシンプルな生活を母に提供する

またとないチャンスだ、と。

 

そう、あのゆるりまいさんも、

引越を機に、片付けられないお母様の

住空間の改善に成功したのです。

 

しかししかし、そうはいきませんでした。

荷造りの段になると、母は

あれもこれもそれもみんな持っていく、

と言い出しました。

最終的には癇癪を起こされそうで、

諦めて全て言う通り持たせました。

 

結果、最初からとっ散らかって、

荷ほどきもままならない家が

もうひとつできました・・・。

この時もまた、言いようのない

無力感に打ちひしがれました。

 

片付けなくていい 、という境地

このあたりで私はもう、母の住まいについて

気を揉むことを断捨離することにしました。

いくら気を揉んだところで、母のすまいの改善に

今以上のエネルギーは注げないのです。

 

それに、70過ぎまで染みついてきた行動原理を

変えることも、到底無理なのです。

引越荷物を巡るむなしい攻防を通して、

それを母の意に反してやることが

母を幸せにするとも思えなくなりました。

 

幸い、母は家が散らかっていても

楽しそうに暮らしていました。

家にじっとしているタイプではなく、

知的好奇心が旺盛で、

音楽や絵画の鑑賞、博物館、講演会など

衰えた体力も気にせず

頻繁に出かけていました。

スケジュールを詰め込みすぎて、

体調を崩すこともしばしば。

でも、お土産話を生き生きと話す母は

いつもとても楽しそうでした。

 

母に残された時間が

それほど長くないことも感じていました。

ならば好きなことで楽しく過ごした方がいい。

片付けは、私たちがあとでやればいい。

そう思うようになりました。

  

私は母のすまいの片付けよりも

一緒に美味しいものを食べに行ったり、

美術館や博物館にお供する時間を

優先するようになりました。

 

片付けない代償を覚悟する

確かに母のすまいは転ぶリスクも高いし、

掃除が行き届かず不衛生だし、

いざというときに大事なものが

見つからないこともあるでしょう。

家でゆっくりする時間が少ないことも

母の命を縮めるかもしれません。

それでも、残された時間、

苦手な片付けを強要するくらいなら、

そういうことを覚悟すればいい。

いや、どのみちこの家は片付かない。

もうそこは覚悟するしかないのだ。

そんな風に思っていました。

 

事実、最後の晩、

部屋が散らかっていたことは

いろんな面で母の救出を遅らせました。

かかりつけ医に電話したら

「血圧を測れ」と言われましたが、

血圧計の電池が切れていて、電池を探しました。

(今思えばそんなことをしている

 場合ではなかったのですが!)

救急搬出されるにあたり、

保険証は見つからず、家の鍵も結構探しました。

せっかくのバリアフリー住宅なのに、

母のいる部屋までストレッチャーが通らず、

看護婦さんの怒号が飛びました。

・・・これが私が「覚悟」していたことか、と

空を仰ぎたい気持ちでした。

 

でも、「覚悟」していたことだったので、

どこかで「しょうがない」とも思っていました。

 

そして今、遺品整理をしながら思うこと

で、「あとで私たちがやればいい」

と思っていた片付けを今、やっている次第です。

予想を軽く越える混沌ぶりに圧倒される日々です。

でも、これを覚悟していたんだものね。

そんな気持ちで取り組んでいる今日この頃です。

 

片付いた方がいいに決まってますが、

ほど遠い状態からそこにたどり着くための

エネルギーって相当なものだと思うのです。

 

親の家の片付けに悩んでいる方、

結構多いと思います。

自分が注げるエネルギー、

本人の意欲と気力・体力を考えて、

片付けないっていう選択肢も

ひとつ検討してもいいのかな、と思います。

 

でもまあ、できれば

ご本人の意欲、気力・体力があるうちに

一緒に取り組めるといいですよね。

 

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました。